第13回(1988年) ミヤマポピー また、リヴァーマン産駒は国内ならSPが71以上かつ精神力以外のサブパラがS相当(今作ではA以上?)のものが2つ以上なら、確定で根性因子が付きます。 個人的におすすめ馬はいなかったです。 海外幼駒セリの馬も能力が高い馬が多くて使いやすい気がします この記事では、ウイニングポスト8 2018 で私が実際に使ってみた繁殖牝馬でお勧めの馬を紹介していきます。紹介する馬は、全て1982年~1984年に国内で繋養、あるいは海外から輸入される馬たちとなっています。なお、史実繁殖牝馬でお勧めの牝馬 先週でサマーシリーズも終わり、本格的に秋競馬へ移行する競馬界。今週はローズステークス、セントライト記念と、クラシックに向けての2つのトライアル競争が控えている。2つのうち最初に行われるトライアル競争、ローズSは日曜日に開催。, そのローズSに出走するのは武豊騎乗のデゼル、M・デムーロ騎乗のクラヴァシュドール、川田将雅騎乗のリアアメリアなど。本番の秋華賞へ向けて最後の切符を掛けて、フルゲート18頭が勢揃いしている。, どの馬が、最後の切符を掴むのか気になる所だが、まずは、ローズSを勝った名牝を、振り返ってみようと思う。, 牝馬クラシック3冠を達成した一頭。しかも、トライアル競走を全て勝ち「完全3冠」と言われた。 成長早めでオートで回して古馬でオープン2回勝っていたので、2,3歳の空き巣重賞なら十分狙えると思います(万能馬なので2歳ダートもいけるはず), >にゃこさん 白毛名鑑を所持していないならば、その馬は白毛好きの星ですね!, はじめまして。 第40回(2015年) マリアライト 元々配合評価A爆発力20程度は確保できますが、引退するころにはミスタープロスペクター系統確立で更に母父◎も成立します。 第20回(1995年) サクラキャンドル 種付け料を設定する上で、最も重要な評価ポイントは産駒実績である。今シーズン、国内の繋養種牡馬では最高額となる、3000万円の種付け料が設定されたのはディープインパクト。昨年はサトノダイヤモンド(菊花賞、有馬記念)、マカヒキ(日本ダービー)など7頭のGⅠ馬を送り出し、これで5年連続でのリーディングサイアーとなった。 一方、今シーズンからディープインパクトと同じ、社台スタリオンステーションで … 最初は伸びにくい根性を伸ばすために併せを入れていることが多いようですね。, こそっと追記。 SH箱庭をつくるべく1982年Bモードでプレイしていますが、初年度の海外セリに白毛牝馬が出てくるのを確認しました。 かなり渋い血統で、見てから即買いでしたw 紹介する馬は、全て1982年~1... この記事では、ウイニングポスト8 2017 で私が実際に使ってみた繁殖牝馬でお勧めの馬を紹介していきます。 SH名鑑ならほぼ間違いなく条件を満たしているので、おそらくこの点に関しては過去作と変わりないでしょう。, これは渋すぎるwこの血統見てテンションあがり 例えば、根性がGだろうと、瞬発と賢さが条件を満たしていれば、確定で根性因子が付きます。 仔出しが優秀。 第39回(2014年) ラキシス 繁殖牝馬トーセンウイングス。 9; 生産地: 北海道伊達; 生産者: メジロ牧場; 性別: 牝; 毛色: 青鹿毛; 調教師: 奥平真治(美浦北) 馬主: ㈲メジロ牧場; 競走成績: 12戦9勝; 獲得賞金: 311,920,100円; 受賞歴: 1985年 優駿賞最優秀3歳牝馬 1986年 優駿賞最優秀4歳牝馬 お任せは基本おバカというか、疲労をほとんど考慮しないのがおバカですね。 成長早めでオートで牝馬ながらJBCスプリントやかしわ記念など混合重賞4勝をあげ最優秀ダート馬を受賞する無双っぷり。(流石に難易度イージーですが) 繁殖入りの確率は不明ですが、 第01回(1976年) ディアマンテ メジロカンムリの競走馬データです。競走成績、血統情報、産駒情報などをはじめ、50万頭以上の競走馬・騎手・調教師・馬主・生産者・レースの全データがご覧いただけます。

今作は、有用そうな架空繁殖牝馬が多いですね。 第18回(1993年) ホクトベガ 第37回(2012年) レインボーダリア おお、確かトーセンウイングスは私も1周目で使って中々仔だしが良かったです。 1984年1月の時点で庭先取引でここに記載のある牝馬を買おうとしたのですが、 おお、それは凄いですね。 メジロラモーヌ(1983年 4月9日 - 2005年 9月22日)は、日本の競走馬。. 第06回(1981年) アグネステスコ 繁殖牝馬のリストにない馬が多数います。 第02回(1977年) インターグロリア そのおかげで、プレイヤーが調教を施す場合と比べて、8~9割くらいには仕上がるので、能力を伸ばすという観点からは、そこまで悪くないと思います。 第41回(2016年) クイーンズリング 第36回(2011年) スノーフェアリー 当ブログをご覧いただきありがとうございます。

第07回(1982年) ビクトリアクラウン

これはリヴァーマンとその父ネヴァーベンドが根性因子を2代続けて持っているためです。 2012年に急死してしまうが、最後の産駒ドゥラメンテがGⅠ馬となる。, 果たして、最後の切符を掴んで、名牝へ駆け上がる馬はいるのか⁉ 4. お勧め繁殖牝馬, この記事では、ウイニングポスト8 2018 で私が実際に使ってみた繁殖牝馬でお勧めの馬を紹介していきます。, 紹介する馬は、全て1982年~1984年に国内で繋養、あるいは海外から輸入される馬たちとなっています。, 詳しくは『お勧め繁殖牝馬』カテゴリから、無印や2016のお勧め繁殖牝馬の記事を参照してください。, ※以下で紹介する牝馬たちを使っても、必ず強い馬が産まれるわけではありませんので、ご了承ください。また、以下の繁殖牝馬たちはゲーム中に絶対に登場するわけではなく、箱庭内の状況によりラインナップが変わることもありますので、その点にも留意してください。, ★父・シアトルスルーに母父・エルバジェという何とも渋い馬。柔軟性以外はバランスの取れたパラメータで、仔だしもかなり良い。お勧め。, ★アフリカンつながりw スタッフにアフリカ好きでもいたのか。父・ザミンストレルという希少価値の高い血統で、母父・ボールドルーラーというのもポイント高し。仔だしはまぁまぁ。, ★毎作いるリヴァーマン牝馬は大抵良質な繁殖牝馬だが、この馬もご多分に漏れず。非常に仔だしが良い。サブパラも高水準。お勧め。, ★ブラッシンググルーム牝馬であることを除くと地味な血統な背景で、しかも能力バランスはそこそこといったところだが、仔だしが非常に良く、大変お勧めの一頭。, ★こちらもブラッシンググルーム牝馬。上記のスイートリッジに仔だしで劣るものの、血統的にはこちらが勝り、能力バランスも良い。仔だしも十分あるため、牧場に枠があれば購入しておいて損は無し。, ★父・ダマスカス、母父・リュティエという、希少価値の高い素晴らしい血統に加え、能力バランスも秀逸。仔だしもまずまず良く、基幹牝馬となり得る存在。, ★父・シアトルスルー、母父・ミスタープロスペクターという超の付く良血であることもさることながら、特筆すべきはその能力バランス。SP以外はオールA以上という破格の能力を誇る。序盤に手に入る繁殖牝馬としては、トップクラス。仔だしはまずまずだが、血統背景が良く、そもそも能力が高いので、活躍馬はどんどん出る。, ※今作では、ゲーム開始10数年が経過しても海外からの輸入繁殖牝馬の質が非常に高い。狙い目としては、重賞あるいはGⅠ勝ちのある架空牝馬で、血統内に種牡馬因子を多く持ち、父が能力因子二つ持ちの種牡馬である牝馬。過去作ではこの条件に適合する輸入繁殖牝馬の架空馬は少なかったが、今作では90年代に入っても条件を満たす牝馬が輸入される機会が目につく。よって、優秀な牝馬を入手する機会が増えた。. 日本軽種馬協会が運営する国内最大級の競馬情報サイトjbisサーチの、メジロハイネの繁殖牝馬情報:牝系情報に関するページです。競馬に関する膨大なデータを手軽に検索・入手できます。 1986年に桜花賞、優駿牝馬(オークス)、エリザベス女王杯を制し、中央競馬史上初の牝馬三冠を達成した。1985年度優駿賞最優秀3歳牝馬、1986年度同最優秀4歳牝馬。1987年に史上21頭目の顕彰馬に選出された。半弟に1989年高松宮杯の勝利馬メジロアルダン(父アスワン)がいる。, 1983年、北海道伊達市のメジロ牧場に生まれる。父モガミは、メジログループ前総帥の北野豊吉が、シンボリ牧場の和田共弘と共同所有した新種牡馬、母メジロヒリュウは6勝を挙げており、その半弟に京都新聞杯の勝利馬メジロイーグルがいる。幼名は「俊飛」[1]。幼駒の頃の俊飛は両後脚の飛節に難があり、また性格的にも大人しく、周囲に大きな期待を抱かせるような馬ではなかった[2]。同期の牝馬1頭とともに最後まで受け入れ先が決まらず、翌年7月になってようやく奥平真治が管理調教師となることに決まる[3]。奥平はメジロ商事社長の北野俊雄と個人的に親交があったため、以前からメジロ牧場出身馬の管理を打診されており、俊飛はその第1号馬となった[3]。, その後メジロ牧場で育成が積まれると、3歳を迎える頃から飛節の難点が解消されていき、徐々にバランスの良い馬体に変貌していった[4]。競走年齢の3歳に達した7月、競走名メジロラモーヌと改名され函館競馬場に移動。馬名は馬主の冠名「メジロ」に、アルプス山脈の峰のひとつ「ラモーヌ (l'Amone)」を加えたものである[5]。以後函館で調教を積まれ、秋に入り茨城県美浦トレーニングセンターに移動した[6]。, 1985年10月13日、東京競馬場の3歳新馬戦(芝1400mからダート1400mに変更[7])で、小島太を鞍上にデビュー。このころにはひ弱さは消えており、直前の調教では1000mで60秒を切る好タイムを記録、調教パートナーを4、5馬身突き離していた[8]。こうした情報がファンにも伝えられ、初戦から単勝オッズ1.4倍という圧倒的な1番人気に支持された。レースもスタート直後から先頭に立つと、最終コーナーからは後続を突き離す一方で、2着に約20馬身差、3秒1の大差を付けて圧勝した。, 次に重賞の京成杯3歳ステークス(11月3日)に出走。デビュー以来圧勝を続けていたダイナアクトレスとの対戦が注目を集めたが、同馬は故障で出走を回避、当日は牡馬ダイシンフブキを抑え単勝1番人気に支持された。しかし、スタートで他馬と衝突した影響から終始掛かり通し[注 1]となり、直線で失速[9]。5頭立ての4着に敗れた。, 競走後には疝痛、さらに骨膜炎(ソエ)を発症して調教を控える。しかしすぐに回復し、4週間後には条件戦に出走、小島が同日に阪神競馬場で騎乗していたため、本競走から柏崎正次が騎手を務めた。レースではほとんど追うところなく、2着に1馬身弱の差で勝利を収める。2週間後、当年の最終戦としてテレビ東京賞3歳牝馬ステークス (GIII) に出走。当日は単勝2番人気であったが、2着ダイナフェアリーに3馬身半の差を付けて勝利。人馬ともにキャリア初の重賞制覇を果たした。走破タイムの1分34秒9は、当時の3歳牝馬としては破格の好記録であった[10]。当年、通算4戦3勝の成績で、翌年1月には当年の最優秀3歳牝馬に選出された。, 厩舎内で休養の後、1月半ば過ぎからは古牡馬トウショウペガサスと併せ馬を行うなど、本格的な調教を再開した[11]。26日には復帰戦クイーンカップを迎える。当日は単枠指定を受け、単勝オッズは1.2倍と圧倒的な人気を集めた。しかし競走前から激しく焦れ込む様子を見せ、レースでは先行2番手に付けながら直線で失速。4着に終わった。競走後、柏崎は「4コーナーの手応えは手が痺れるくらいだった。イレ込みも競馬では関係ない。なぜ負けたのか分からない」とコメントしたが[12]、メジロ総帥の北野ミヤは競走前からその様子を訝しみ、「今日のラモーヌは負けるわよ」と語っていたという[13]。, 次走は桜花賞に備え関西に移動、トライアル競走の報知杯4歳牝馬特別に出走した。ラモーヌが3歳の頃から、関西で出走する際には河内洋を騎手とする方針が決められており[14]、予定通り本競走から河内が騎手を務めた。レースでは中団から後方を進んだが、第3コーナーで失速後退してきた先行馬の影響を受け、直線入り口でほぼ最後方の位置まで下がった[8]。しかし直線では一気の追い込みを見せ、ゴール寸前でチュウオーサリーをクビ差交わしての勝利を収めた。この頃より、当時史上最強牝馬の1頭と目されていたテスコガビーとの比較が関係者・ファンの間で頻繁に交わされるようになっていった[15]。, 4月6日に迎えた桜花賞では、5枠13番で単枠指定を受け、オッズ1.6倍の1番人気となった。競走前には焦れ込む様子を見せたが、レースでは中団に付けると第3コーナーから先団に進出、直線で早めに抜け出し、追い込んだマヤノジョウオに1馬身3/4差を付けて優勝、クラシック初戦を制した。メジロ牧場にとって初のクラシック制覇であり、競走後の記念撮影では、河内が馬上で北野豊吉の写真を掲げた。また、後に「桜花賞男」と称される河内にとっても、これが最初の桜花賞勝利であった。, 美浦に戻った後、二冠を目指す優駿牝馬(オークス)を控えたが、ここまでの2敗はいずれもオークス開催場の東京競馬場で喫しており、この不安点を払拭するためにトライアル競走のサンスポ賞4歳牝馬特別に出走した[16]。桜花賞に出走していなかったダイナアクトレスと初対戦となったが、直線で先頭に立った同馬を一気に交わして勝利。リーゼングロス以来、4年振りとなる桜花賞馬による同レース勝利で東京競馬場での重賞初勝利を挙げ、オークスに臨んだ。当日は桜花賞の人気を上回る支持を集め、単勝オッズは1.4倍まで下がった。レースではスタートで躓き後方からの運びとなる。しかし埒沿いの最短距離を通って徐々に先団に進出すると、最後の直線半ばで先頭に立ち、ユウミロクに2馬身半差を付けて優勝。テイタニヤ以来10年振りの牝馬クラシック二冠を達成した。また、サンスポ賞4歳牝馬特別の優勝馬による同レース勝利も、これが最初であった。その競走内容は野平祐二より「オークス史上稀に見る強さ」と評され[17]、河内はインタビューにおいて「テスコガビーを超えたと思う。本当に強い馬やな」と語った[18]。, 競走後には故郷・メジロ牧場で休養に入った。8月には函館競馬場に入って調教を再開、以降は三冠が懸かるエリザベス女王杯を目標に、中山競馬場のクイーンステークスから復帰する予定であった。しかし調教中に挫石[注 2]が原因と見られる歩行異常を来たし、復帰予定は遅れた[19]。10月に函館から直接関西に入り、改めてローズステークスで復帰。レースでは先行集団に入り、直線で抜け出しを図るも、先行したポットテスコレディとの競り合いになる。ゴール寸前でクビ差交わして勝利を収めたが、苦しい勝利とも評された。競走後、「辛勝だったのでは」という記者の質問に対し、河内は「切れ味が鈍ったのは確かだが、馬場状態のせいだと思う」とかわした[20]。, 次走、11月2日にエリザベス女王杯を迎えたが、後の奥平の回想では、その状態は「70%くらいの調子」であった[19]。本競走の前身・ビクトリアカップの創設以来初めての牝馬三冠達成が懸かり、当日の単勝オッズは1.3倍と圧倒的な1番人気となった。レースでは3番手の一団を進んだが、河内ラモーヌはゴールまで800m地点の第3コーナー下り坂から仕掛け、先頭に並んだ。一部には早過ぎるスパートとも映り、テレビ中継のアナウンスを行っていた杉本清は「河内、河内、早いのか、これでいいのか」と実況した[注 3][注 4]。最後の直線では先頭を保ったが、ゴール前で脚が鈍り、直後に追い込んだスーパーショットが馬体を接した。しかしクビ差凌ぎ切り、4歳牝馬路線が整備されて以来、初めてとなる三冠を達成した。ラモーヌは三冠各競走のトライアル競走も全て制していることから「完全三冠」とも評された。また、この賞金の加算分で、獲得賞金が牝馬として初めて3億円を突破し、当時の歴代賞金女王ともなった。なおこのエリザベス女王杯の勝利で6連勝となり、これは当時の重賞連勝記録であった[注 5]。, 競走後にはジャパンカップへの出走を期待する声が上がったが、エリザベス女王杯の前から有馬記念での引退が決定しており、北野ミヤが改めて「あの子は花のうちに牧場に戻してやります」との声明を出し、ジャパンカップ回避の上で予定が踏襲される運びとなった[23]。有馬記念の出走馬選定ファン投票では、ミホシンザン、サクラユタカオーに次ぐ3位で選出される。当日は「これまでで最高の体調」という状態で臨み[24]、ミホシンザンに次ぐ2番人気に支持された。レースでは道中中団から直線に向いたが、抜け出しを図ったところで1頭分のスペースにラモーヌ、スダホーク、フレッシュボイスが同時に突っ込み、急ブレーキが掛かる形で失速。態勢を立て直せず、同期のダービー馬ダイナガリバーの9着と大敗を喫した。, 当初の予定通り、この競走を最後に引退。翌1月に発表された優駿賞表彰では、最優秀4歳牝馬に選出された。トウメイ以来25年振りとなる牝馬の年度代表馬誕生も注目されたが、こちらは直接対決の有馬記念でラモーヌを下したダイナガリバーが選出された。これについて、競馬評論家の大川慶次郎が「2頭選ぶことはできないのか」と競馬会に問い合わせたが却下され、特別賞授与の提案も退けられたと明かしている[25]。しかし当年の中央競馬フリーハンデでは、過去にテスコガビー、インターグロリア、ハギノトップレディに与えられた60kgを上回り、4歳牝馬の史上最高評価となる62kgが付与された。, 2月8日には東京競馬場で引退式が執り行われ、エリザベス女王杯優勝時のゼッケン「13」を付けてラストランが披露された。同年、牝馬三冠が評価され、七冠馬シンボリルドルフと共に顕彰馬に選出された。, 引退後は生まれ故郷のメジロ牧場で繁殖牝馬となった。初年度にはメジロティターンが種付けされたが不受胎。翌年に再度同馬と交配され、1989年に初仔のメジロリュウモンが誕生した。しかし同馬は9戦未勝利で引退。3年目にはシンボリルドルフとの交配が行われ、三冠馬同士の配合が注目を集めた。誕生したメジロリベーラは「十冠ベビー」と呼ばれ、その成長過程がメディアで逐一報じられた。しかし脚元が弱く、競走馬としては1戦のみで骨折を発症し引退した。ラモーヌは受胎率が非常に悪く、1年で複数回の種付けを行うことがしばしばであり、また双子の受胎も多かった[26]。こうした体質もあり、結局母を彷彿とさせる産駒は残せなかった。, 2005年9月22日、老衰のためメジロ牧場で死亡。22歳だった。メジロ牧場内に墓が建てられている。その死後、メジロリベーラの孫・フィールドルージュが2008年の川崎記念を制し、牝系子孫から初めてのGI級競走優勝馬が出た。そのほかの子孫では、メジロリベーラの曾孫コウソクストレートが2017年のファルコンステークスを制し、メジロルバートの孫グローリーヴェイズが2019年の香港ヴァーズで海外G1制覇を成し遂げている。, 名実共に歴史的な牝馬との評価を受けているものの、唯一古牡馬と対戦した有馬記念で大敗したこともあり、「牡馬相手に通用するレベルではなかった」と評する者もいる[27]。一方で、有馬記念では競走中に明確な不利があり、着順が実力ではないとする見解は関係者内外を問わず多い[注 6][注 7][注 8]。河内洋は1999年に雑誌『Sports Graphic Number』が行ったアンケートにおいて、ニホンピロウイナー、オグリキャップ、サッカーボーイなどの騎乗馬を差し置き、ラモーヌを自身が騎乗した内の最強馬として挙げており、「4歳で引退したので分からない部分もあるが、牡馬よりも強かったことを証明したかった」と述べている[31]。また、奥平も自身が手掛けた管理馬の最強馬であるとし[32]、調教師の栗田博憲は史上最強牝馬として名を挙げた[33]。, 美しい馬体と容姿についての評価が高い。メジロ牧場社長の北野雄二は「仔馬の頃から黒光りする綺麗な馬で、何とも言えない雰囲気があった。小さかった娘が『この馬と写真を撮りたい』とせがむほどだった」と回想しており[34]、競馬漫画家のよしだみほは、「美しさと強さとをこれだけ完璧に並び持った馬は、長い歴史の中でもそうそう見つからないだろう」と評している[35]。父のモガミには不格好な馬体との評価があり、大川慶次郎は「どうしてこんなに綺麗な馬体の仔がモガミから出てくるのだろうと思った」と述懐している[36]。一方で、牧場では「モガミに似た馬」との評価も受けていた[37]。また、メジロ牧場獣医師の田中秀俊は、アメリカを訪れた際にモガミの父リファールと対面し、ラモーヌと毛色こそ違うものの、非常に愛らしい顔立ちで目元と流星(白斑)の様子がよく似ていたとの印象を述べている[38]。, 第2回 タイレイ / 第3回 ブランドソール / 第4回 バンナーゴール / 第5回 ミスセフト / 第6回 ヤマイワイ / 第7回 ブラウニー / 第8回 ハマカゼ / 第9回 ヤシマドオター, 第10回 トサミツル / 第11回 ツキカワ / 第12回 スウヰイスー / 第13回 カンセイ / 第14回 ヤマイチ / 第15回 ヤシマベル / 第16回 ミスリラ / 第17回 ミスオンワード / 第18回 ホウシユウクイン / 第19回 キヨタケ, 第20回 トキノキロク / 第21回 スギヒメ / 第22回 ケンホウ / 第23回 ミスマサコ / 第24回 カネケヤキ / 第25回 ハツユキ / 第26回 ワカクモ / 第27回 シーエース / 第28回 コウユウ / 第29回 ヒデコトブキ, 第30回 タマミ / 第31回 ナスノカオリ / 第32回 アチーブスター / 第33回 ニットウチドリ / 第34回 タカエノカオリ / 第35回 テスコガビー / 第36回 テイタニヤ / 第37回 インターグロリア / 第38回 オヤマテスコ / 第39回 ホースメンテスコ, 第40回 ハギノトップレディ / 第41回 ブロケード / 第42回 リーゼングロス / 第43回 シャダイソフィア / 第44回 ダイアナソロン / 第45回 エルプス / 第46回 メジロラモーヌ / 第47回 マックスビューティ / 第48回 アラホウトク / 第49回 シャダイカグラ, 第50回 アグネスフローラ / 第51回 シスタートウショウ / 第52回 ニシノフラワー / 第53回 ベガ / 第54回 オグリローマン / 第55回 ワンダーパヒューム / 第56回 ファイトガリバー / 第57回 キョウエイマーチ / 第58回 ファレノプシス / 第59回 プリモディーネ, 第60回 チアズグレイス / 第61回 テイエムオーシャン / 第62回 アローキャリー / 第63回 スティルインラブ / 第64回 ダンスインザムード / 第65回 ラインクラフト / 第66回 キストゥヘヴン / 第67回 ダイワスカーレット / 第68回 レジネッタ / 第69回 ブエナビスタ, 第70回 アパパネ / 第71回 マルセリーナ / 第72回 ジェンティルドンナ / 第73回 アユサン / 第74回 ハープスター / 第75回 レッツゴードンキ / 第76回 ジュエラー / 第77回 レーヌミノル / 第78回アーモンドアイ / 第79回グランアレグリア, 第3回 ルーネラ / 第4回 テツバンザイ / 第5回 ロツクステーツ / 第6回 クリフジ / 第7回 ミツマサ / 第8回 トキツカゼ / 第9回 ヤシマヒメ / 第10回 キングナイト, 第11回 コマミノル / 第12回 キヨフジ / 第13回 スウヰイスー / 第14回 ジツホマレ / 第15回 ヤマイチ / 第16回 ヒロイチ / 第17回 フエアマンナ / 第18回 ミスオンワード / 第19回 ミスマルサ / 第20回 オーカン, 第21回 スターロツチ / 第22回 チトセホープ / 第23回 オーハヤブサ / 第24回 アイテイオー / 第25回 カネケヤキ / 第26回 ベロナ / 第27回 ヒロヨシ / 第28回 ヤマピット / 第29回 ルピナス / 第30回 シャダイターキン, 第31回 ジュピック / 第32回 カネヒムロ / 第33回 タケフブキ / 第34回 ナスノチグサ / 第35回 トウコウエルザ / 第36回 テスコガビー / 第37回 テイタニヤ / 第38回 リニアクイン / 第39回 ファイブホープ / 第40回 アグネスレディー, 第41回 ケイキロク / 第42回 テンモン / 第43回 シャダイアイバー / 第44回 ダイナカール / 第45回 トウカイローマン / 第46回 ノアノハコブネ / 第47回 メジロラモーヌ / 第48回 マックスビューティ / 第49回 コスモドリーム / 第50回 ライトカラー, 第51回 エイシンサニー / 第52回 イソノルーブル / 第53回 アドラーブル / 第54回 ベガ / 第55回 チョウカイキャロル / 第56回 ダンスパートナー / 第57回 エアグルーヴ / 第58回 メジロドーベル / 第59回 エリモエクセル / 第60回 ウメノファイバー, 第61回 シルクプリマドンナ / 第62回 レディパステル / 第63回 スマイルトゥモロー / 第64回 スティルインラブ / 第65回 ダイワエルシエーロ / 第66回 シーザリオ / 第67回 カワカミプリンセス / 第68回 ローブデコルテ / 第69回 トールポピー / 第70回 ブエナビスタ, 第71回 アパパネ・サンテミリオン(同着) / 第72回 エリンコート / 第73回 ジェンティルドンナ / 第74回 メイショウマンボ / 第75回 ヌーヴォレコルト / 第76回 ミッキークイーン / 第77回 シンハライト / 第78回 ソウルスターリング / 第79回 アーモンドアイ / 第80回 ラヴズオンリーユー, 国際競走指定前:

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